
結婚をした31歳のときに、日野工務店に依頼して家を新築しました。今は社名が日野建ホームに変わっていますが、当時は日野工務店でした。18年前のことです。
家づくりにあたっては、私たち夫婦より、私の父のほうが熱心でした。今でこそ地元の住宅会社が展示場を構えるのは一般的なことになっていますが、18年前は、展示場を出しているといえば大手プレハブメーカーばかりで、地元の会社ではせいぜい1、2社という状況でした。
そこで父が、どうしたかといいますと、街なかで見かけた「いい家」の玄関先に立っては「どこで建てたのですか?」と聞いて歩いたのです。私なら津軽弁で言う「おじょむ」(しり込みする)ところですが、父は商売人でしたから、見知らぬお宅を訪問するのは別に抵抗がないようでした。
私は今でもこう思っていますが、日野工務店が私という客を見つけたのではなく、父が日野工務店を探し当てたのです。父が何件目かに、これまででいちばん気に入ったお宅の玄関先に立って、いつものように「どこで建てたのですか」と尋ねたところ、「日野工務店」という答えが返ってきました。
当時、日野工務店は青森市の浪館地区にありました。初めてお会いした日野社長の、「いい家を建てましょう」という言葉が今も印象に残っています。ふつうなら、商売ですから、お客の予算に合わせて「安く建てる」と、へつらうものですが、日野社長は違いました。
「札幌からFPパネルという新しい断熱材を導入することになりました。冷蔵庫にも使われているウレタンフォームを素材とした厚さ100mmの板状の断熱材で、グラスウールなら厚さ300mmと同等の断熱性があります。断熱・気密だけでなく、地震にも台風にも火事にも強い。ぜひ、『FPの家』の第1号として建てさせていただきたい」
日野社長は、熱心にそう提案しました。私たちが求めていたのは「安い家」ではなく、「性能のいい家」でしたから、初対面で意気投合しました。住宅金融公庫の高耐久性住宅割増し融資を受けて建てることにしました。
思うに、「安い家」は「高くつく」ものではないでしょうか。後々の改修に費用がかかるからです。その分を、頑張って初めから建築費に当てれば、改修はしなくて済むはずです。事実、わが家は築18年になりますが、一度も改修はしていません。たとえば、外壁にヒビが入って吹きつけをし直すとなると、そのために再び足場を組まなければなりません。足場を組むだけに何十万もかかりますし、改修中もその家で生活しなければならないわけですから、煩わしい思いをするはずです。
この夏は30度を超える猛暑が何日も続きましたが、わが家では扇風機だけで間に合いました。室内はからっとしていて、「いつもハワイ気分」なのです。冬の暖房は、FFストーブ1台です。それだけで全室が充分暖まりますし、ストーブを点ければ時間がかからずに暖まります。この断熱性・気密性の良さは18年間、まったく変わっていません。これがほんとうの「快適さ」ではないかと実感しております。
「長尾さんのお宅を建てて、『FPの家』一本でやっていく自信を持った」と日野社長は話してくれました。日野社長にとって、わが家が「FPの家」第1号ですが、今や「FPの家」といえば日野建ホームといわれるまでになっています。ユーザーとしてうれしいことです。
私事ながら昨年、自宅のそばに卓球教室を開きました。「健康卓球青森」という名称です。卓球を始めたのは小学校4年のときで、青森商業高校、明治大学の卓球部でキャプテンを務めました。社会に出てからも卓球講座の講師として、健康づくりと、トップ選手の養成に携わってきましたが、卓球に専念したい気持ちが募り、50歳を前にして独立することにしたのです。
車庫の2階に教室を作るときも、日野社長に相談を持ちかけ、適切なアドバイスをいただきました。 日野社長とは、家のことだけではなく、なにかと親身にお付き合いさせていただいていますが、それは、私だけではありません。私の兄も、妹も、そうなのです。先に妹が1991年(平成3年)に「FPの家」で建て、次に兄が、日野工務店から社名が変わった日野建ホームで1995年(平成7)に建てました。日野建ホームが「FPの家」300棟を達成した記念の年です。
生前、父が、「これからはFPの時代になる」と話していました。その予見が的中していたことを、18年経っても地震にも台風にもビクともしないFPのわが家が証明しているように思います。
家を新築する前から、暖房はセントラルヒーティングと決めていました。それまで住んでいた家で、長いこと、ボイラーを使ったセントラルヒーティングで暖房をしていましたから、馴染みがあったのです。
ただ、問題は灯油代でした。なにしろ、ひと月にドラム缶で3本も使うのです。ホームタンクの容量が400リットルですから、ドラム缶で2本です。満タンにして、ひと月経たないうちに補充しなければならないのですから、ドラム缶で約3本という計算になります。セントラルヒーティングは快適なのですが、この灯油代が経済的にずいぶんと負担になっていたものです。
古くなった家を建て替えることにして、新聞のチラシで見た日野建ホームの完成見学会を訪れてみました。私の関心はもっぱら暖房のことでした。見学会会場の家は、オール電化住宅で、一般にはオール電化の暖房は、レンガのようなものに熱を溜める蓄熱暖房だと聞いていましたが、その家は、新しい方式を採用しているということでした。それに興味があったのです。
見学会の家に入って、まず目にとまったのが室内のパネルヒーターでした。わが家の室内にもあるパネルヒーターよりは幅も薄く高さも低く、かなりコンパクトなものでした。手で、ちょっと触ってみました。パネルがちっとも熱くありません。パネルヒーターの中を循環しているのは熱湯だとばかり思っていましたから、ちっとも熱くないことに驚きました。
応対してくれた営業マンの方に聞いてみると、循環しているお湯の温度は約45度だといいます。お風呂のお湯の温度と同じです。そのお湯で、家全体が暖まるとは考えにくいのですが、しかし、見学会の家は事実、部屋も廊下も、洗面所もトイレも、2階を含めた全体が快適に暖まっています。営業マンの方が、その理由を説明してくれました。
まず、家の造りが高断熱・高気密性の高いFPパネルを用いたFP工法であるということ。それから、従来のボイラーに代えて、容量が大きく、しかも蓄熱性の高い韓国製の電気温水器を利用した新しい方式の温水暖房システムであるということ。オール電化と、深夜電力利用の温水暖房システムを組み合わせた日野建ホームの最新住宅「ハイブリッド電化住宅」であるということ。難しい話はよく分かりませんでしたが、肌にやさしく染みてくるような室内の暖かさには私も家内も惹かれました。
ハイブリット電化住宅第1号として建てて4年になりますが、初めての夏には驚きました。電気代が、ひと月に2000円から3000円で済むのです。東北電力が請求額を間違えているのではないかと思ったくらいです。年間で通して計算してみますと、12万円ほどです。オール電化ですから、ほかに灯油代もガス代もかかりません。以前の家と比べてみますと、光熱費は半分以下です。年金生活ですから、ランニングコストが安くつくありがたさを実感していますが、それよりも、毎日毎日カラッとした新鮮な空気に触れて生活できる快適さは、高齢者にはなによりの「恵み」だと考えます。私も家内も風邪をひくことはほとんどなくなりましたし、真冬でも布団から起き出すのがまったく億劫でありません。
家内がよく「生活の煩わしさがなくなった」と話します。やれガスを点けて湯を沸かす、ストーブに火を付ける、火を消したら消えたことを確認するという、こまごまとした煩わしさがないのです。真冬でも、起きれば室内は暖かく、寒さから体が解放されるというのでしょうか、気持ちまで活動的になります。それが一番の健康の元だと思います。
わが家を担当してくださった日野建ホームの営業マンの方が、「住んでみて初めて快適さが実感できます」とよく話していました。それを、信用する、しない、ということではなしに、われわれお客は建築には素人ですから、正直なところ、不安はいくらかありました。
家が完成し、住んでみて、家内がこう言いました。「間違いなかった」と。私も、まったく同感です。
家を建て替える必要に迫られて、妻と展示場を見学して回りました。4年ほど前のことです。私も妻も、北欧の家のような外観を要望していましたから、雑誌で見たスウェーデンハウスをイメージしながら、外観優先に見て回っていたのですが、外観よりも強く惹かれるものと出会ったのです。
青森市奥野地区にある日野建ホームの展示場を見学したときです。応対していただいた女性の方の、詰まるところは人柄というのでしょうか、押し付けがましさがまったくなく、笑みを湛えながら質問にも的確に答えてくれた姿勢が、展示場の造りよりも印象に強く残りました。印象が良かったのは、その女性だけではありません。わが家の建築を担当してくださった営業員の男性も、同様に押し付けがましさがなく、「快適に生活できる、いい家を建てましょう」と提案してくれました。
打ち合わせに入る前に、すでにその時点で、私も妻も日野建ホームに頼むことに決めていました。なぜ、家を建て替える必要に迫られていたのかといいますと、実は、私の母が病に倒れて入院していたのです。深刻な病でした。元気なうちに、新しい家に住まわせてあげたいと思い、二世帯住宅で建て替えることにしたのです。
着工してから間もなく、営業員の方が、「国の高効率エネルギーシステムに応募してみませんか」という話を持ちかけてきました。説明を受けても、初めはピンときませんでしたが、「NEDO」(ネド)という国の新エネルギー・産業技術総合開発機構が、一般住宅にも省エネ技術を普及させようと、補助金を出して建築を支援するのだそうです。それに応募してみないか、ということなのです。が、応募すれば採用されるというものではなく、厳しい審査があるので、宝くじだと思って当てにはしていませんでしたが、採用されたのです。高級な国産車が1台買えるぐらいの金額でした。 補助金ですから、返す必要はなく、思わぬ大金に〝宝くじに当たった〟ような得な思いをしましたが、それよりも、オール電化プラス温水暖房方式を採用したハイブリッド電化住宅のわが家が、厳しい審査に合格し、高効率エネルギーシステム住宅であるというお墨付きをちょうだいしたのですから、その性能の良さに頼もしさを覚えたものです。
展示場で応対していただいた女性にも、また担当の営業員の男性にも抱いた印象の良さは、日野社長にも感じました。奥野の展示場を見学した後、日野建ホームで開いた完成現場見学会の会場を訪れたときに、熱心に、しかも、よく勉強していることがうかがえる説得力で見学者に説明していたのが、日野社長だったのです。妻いわく、その姿に「感銘を受けた」そうです。大工上がりの社長さんだと知って、なおさら信頼感がわきました。
実は、日野建ホームに決める前に、こんなことがありました。ある会社の展示場に見学に行ってみたのですが、応対してくれた人が、価格の安さばかりを強調したのです。こちらの要望する内容を受け入れて、それで価格が安いなら大いに魅力なのですが、つまりは、「会社が決めた仕様でそのまま建てればこの価格」なのです。不信感だけを覚えました。
建てて3年になりますが、「快適だ」としか言えないところが歯痒いところです。でも、やはり、快適としか言いようがないのです。電気代が安いことも魅力です。建築費が少々高くついても、ランニングコストの安さが償還を早めてくれます。しかも、毎日毎日快適に暮らしながら、です。
冷え込んだ真冬に、職場に出勤すると、同僚が、「今朝はシバレたな」と話しかけてきたりします。「そうだね」と返事はするものの、わが家は、ちっとも寒くないのです。そのまま話せば、嫌味に受け取られたりしますので、黙っていますが、真冬でも薄着ですし、真夏の服装とほとんど変わりません。「気密が高い室内は、開放された空間」という営業員の方から聞いた言葉を、住みながら実感しています。
バルコニーの一角に、バーベキューをするためのカマドをこしらえました。いちばん下の段のレンガは、営業員の方が記念に張ってくれました。あとは私ら夫婦が休みを利用して張りました。知人を集めてバーベキューパーティーをするのが夏場の楽しみなのです。
一時は覚悟を決めた病も、峠を乗り越えました。二世帯住宅の1階に暮らしながら、母も快適さを共有しています。
着工してから、おじいちゃんに叱られました。主人(寿幸様)の父です。「柱がない家を建てている」と叱られたんです。「柱がない」と聞いて、その理由がすぐに分かりました。上棟式のときには、すでに柱と柱の間に断熱材のFPパネルがはめ込まれていましたから、それで、おじいちゃんが、柱がないものと勘違いしたのです。おじいちゃんには、かなり新築資金の援助を受けていましたから、FPという断熱パネルを使った工法で建てることにしたと、ちゃんと話して了解を得たつもりでいたのですが、昔かたぎのおじいちゃんにしてみれば、家というものは木で建てるもので、上棟式の現場には柱が立っているものと思い込んでいたでしょうから、勘違いするのも無理はありません。
日野建ホームに頼んで建てたのは、姉(二女・石塚カツ子さん)が昭和63年に日野さんで建てていたからです。と言いましても、いくら姉妹だからといって、それぞれ自分の家に対する要望は違いますし、主人や、おじいちゃん、おばあちゃんの意見もいろいろありますから、すんなりと日野建ホームに決まったわけではありませんが、結果的には、「おまえに任せる」と一任されたのです。でも、責任重大でした。なにしろ、一生住む家です。これが、もし、不満の多い家に住むことになったとしたら、それこそ住んでいる間じゅう、なにかにつけて文句を言われることになるのです。
そんなときに、実際に建てて住んでいる人の意見というものは、大きな説得力を持っているな、と実感したものです。姉は、すでに16年前に日野さんで建てて、満足しながら暮らしています。その姉が、「日野さんはいいよ、FPの家はあったかくていいよ」と、しみじみと言うのですから、間違いありません。
完成した姉の家を見たときに、まず外観の良さに惹かれました。吹き抜けになった玄関ポーチのとんがり屋根が素敵でした。屋根は無落雪なのですが、とんがり屋根がポイントになっていて、四角な無落雪屋根をあまり目立たなくしているところがデザインのセンスというのでしょうか、好印象を受けました。姉の土地は、間口が狭く、奥行きがずいぶんと長いので、玄関までのアプローチをゆったりと設けてあるのですが、土地の形状をうまく生かしたアプローチの造りが、レンガタイルの赤いサイディングを張ったヨーロッパ調の家の外観にマッチしていて、「あ、いいな」と、わたしも主人も好感を抱いたものです。
外観ばかりでなく、住み心地の良さは、今まで何度も姉の家に遊びに行ってますから、夏も冬も室内がカラッとしている快適さは肌で知っています。 嫁の立場として、家づくりを任されたのは責任重大でしたから、内心、大いにホットしていますし、住んでいる間じゅう感謝されるのですから、満足しています。わが家が着工したときには「柱がない家を建ててどうする」と叱ったおじいちゃんでしたが、住み始めて、すっかりFPの家のファンになりました。建て替えの計画がある知人を、日野さんに紹介したほどに気に入ってくれています。
わたしの主人(卓夫様)と、日野さんの妹さんのご主人が兄弟なんです。その関係で、日野さんがまだ大工をしていたころから、ちょっとした工事もお願いして古い家を直し直し暮らしていましたが、いよいよ古くなって、建て替えることになったときに、日野建ホームの社長さんになっていた日野さんが、新しい断熱材を使った家づくりを勧めてくれたんです。
初め、FP工法の家、と言われても、わたしにはどんなものなのかピンとはきませんでしたが、真冬でも半そで一枚で生活できる、と聞いて、それにはすごく魅力を覚えたものです。なにしろ、それまで住んでいた家は、水抜き栓をしめても水道が凍るほど寒かったんです。凍った水道を溶かすのはひと仕事ですし、だんだんと歳をとるにつれて、あの冷やっとした身がちぢむ寒さは耐えがたくなっていました。
主人にすれば、日野さんに頼むのがごく自然のことだったのでしょうけれど、嫁のわたしから見る日野さんは、決して身内の自慢話ではありませんが、よく勉強している大工さんでした。「これからは高断熱・高気密の時代になる。今までのグラスウールではなく、新しい断熱材のFPパネルを使った時代がくる。高断熱・高気密の性能でFPに勝るものはない」と、熱心に話していたものです。
「身内だから安く建てる」とは一言も言わず、「いい家を建てよう」と勧めてくれました。その言葉どおりに、水抜きをしなくても水道が凍らない、あったかい、いい家ができました。
以前住んでいた家なら、ストーブをたいている部屋はあったかくても、廊下に出たり、洗面所やトイレにいくと、あの冷やっとした寒さに身をちぢめたものですが、それが嘘みたいに、まったくありません。室内のどこも同じ温度です。嫌だった冬も、家にいれば、体だけでなく精神的にも開放されていることを感じます。
姉や妹にも、その快適さがそのまま伝わったのでしょう。長女(舘山春子さん)は今年建てましたし、五番目の妹は(奥崎貞江さん)平成2年に、四番目(太田信子さん)は平成14年に建てました。四姉妹そろって「FPの家」です。 日野社長さんは、わたしだけでなく、わたしら姉妹にとっても身内のような存在です。
2年前に、おじいちゃん、主人(健志様)の父ですが、85歳のときに家を建てました。すでに姉(石塚カツ子さん)も、妹(奥崎貞江さん)も、日野社長に頼んでFPの家で建てていましたから、住み心地の良さについてはじゅうぶんに聞いて知っていましたが、やはり、冬場の暖かさがFPの家で建てる決め手でした。
なにしろ、おじいちゃんは85歳という高齢です。あったかい家を建ててあげたいという思いがいちばんでした。建て替える前の家では、ストーブのそばから離れられず、しかも隙間風が入ってくるので、背中が寒いとアノラックを羽織っている状態でした。これでは健康にいいはずがありません。ストーブのそばでもアノラックを手放せないのですから、廊下に出てトイレに行くときなどにはさぞ身震いしていたことでしょう。
家が違えば、変わるものですね。今では、おじいちゃんは真冬でもワイシャツ1枚で過ごしています。「軽くて楽だ」と、喜んでくれていますが、わたしも主人も、軽装のおじいちゃんの姿に、ずいぶんと気が軽くなりました。
姉も妹もFPの家で建てたとはいいましても、住宅の性能がいいというだけでは、わたしたち姉妹の4人とも全員が建てることにはつながらなかったと思います。わたしにとっては、アフターの良さが魅力でした。16年前に建てた姉が、「アフターがいい」と話していたのです。生活は、毎日のことです。毎日暮らす生活の場が、家です。なにかあったら、すぐにきて直してくれることがユーザーにしてみればいちばんの安心感です。
日野社長が以前、「うちの会社は50棟以上はやらない。景気の良かったころに、80棟の注文をとって、結果的には手が回りきれずにお客さんに迷惑をかけることになった。それを教訓に、たとえ注文があっても絶対に50棟以上は取らないことにした」と話していました。「お客第一」に考えている日野社長と、わたしだけでなく姉妹全員がしっかりとつながっていることにも安心感を覚えます。
それと、もう一つの安心感は、FPの家の基本が16年前に姉が建てたころと何ら変わっていないということですね。外観や室内の造りの違いはあっても、躯体、というのでしょうか、いちばん基になる家の造り方が変わっていないということは、その方法が正しい、ということではないでしょうか。正しいから変える必要がないのですね。このことも、住む者にしてみれば、目に見えない部分が生活を守ってくれている、というようなホットする安心感につながっていると思います。
妹(奥崎貞江さん)が勧めたお友だちも、FPの家で建てました。輪が広がっていくことも、ユーザーとしてはうれしいものですね。
長女ですから、姉妹の中で生まれたのはわたしがいちばん最初ですが、FPの家を建てたのはいちばん最後です。家が完成して、引き渡しを受けたのがついこの間のことで、引越しの荷物もまだ片付いていません。自分の家が完成したのは最近ですが、実は同じ敷地内に建っている娘夫婦(梅津忠さん、陸子さん)の家も、FPの家で建てました。ですから、自分の家が2軒目なのです。
16年前、すぐ下の妹(二女・石塚カツ子さん)が家を建てることになりました。「エフピーという新しい断熱材を使った家だ」という話は妹から聞いていましたが、正直なところ、どんなものなのかよく分かりませんでした。上棟式に、お祝いのお酒を持って駆けつけたときに、今はやりの言葉で言えば、「ビビッ」ときたものがありました。初めて目にしたFPパネルではありません。日野社長さんです。人物に、ビビッときたんです。
わたしは、商店に嫁ぎました。昔ながらの大きな家で、トタンのペンキを塗り替えるだけでも100万円もかかるほどに大きな屋根の家でしたが、主人(道衛様)には申しわけないものの、一生住む家ではないな、と内心思っていました。
初めて日野社長さんとお会いして、「自分の家を建てるときにはこの人に頼む」と決めたんです。商売をしていますから、人を見る目はあるつもりです。日野さんのどこに惹かれたのかといいますと、それは、"信念"です。家づくりに対する、日野さんの信念です。信念を曲げないところです。信念というものは、その人の身についているものだと思います。雰囲気として漂っています。そこに、ビビッと惹かれたんです。
いくら展示場を見ても、雑誌や本を読んで勉強したといっても、実際に家を建てているプロの建築家に比べれば、わたしらお客は素人に過ぎません。ですから、専門家がきちんとした家づくりを強く勧めてくれることが大事だと思うんです。日野さんには、説明に自信がありました。FPを使った高断熱・高気密住宅こそ本物の家だという強い信念がありました。信念を持った建築家にお願いするのがいちばんの安心です。それは、わたしだけでなく、妹たちも同じことを感じたのでしょう。
FPの家は、ブランド品だと思うんです。人に聞かれて、「日野建ホームで建てる」と答えると、まずたいがいの場合、「日野建は高い」という反応がありますが、ブランド品とは高いものです。すぐに手が出るものではありません。ですから、わたしは、FPの家に「ねらいを定めて」、時間をかけて「お金を貯めて」、「自分の物」にしたのです。世間一般の話に聞く「坪単価」と比べていくぶん高いかもしれませんが、世間一般は世間一般のことで、自分がほしい家には、その家の価格があるのです。単に坪単価で比べられるものではないと思いますね。人間って、信頼できる人にはお金を出すものです。
台風が楽しみだなどと言えば、農家の方に叱られますが、さいわいにして深刻な被害が出なかったこの間の大型台風が北上してきたときに、ひそかに、楽しみにしていたんです。自分の家がどのくらい台風に強いのか、と。台風にも地震にも強いことは、娘夫婦の家でも妹たちの家でも証明されていますが、やはり、自分の家が完成したとなると、自分の家の強さを実感してみたいと思うものですね。
あと2か月もすれば、またストーブをたく時期になります。わが家はオール電化で、暖房は、四女(太田信子さん)の家と同じに温水器のお湯を使う暖房にしました。「ハイブリッド電化住宅」というのだそうです。お湯が循環するパネルヒーターの色は、息子夫婦の要望を入れて赤色にしましたが、わたしからみても、パネルヒーターではなくインテリアにように見えて、なかなかしゃれていますよ。今から、ひそかに、暖房はどのくらい快適なのか、夏場の電気代はどのくらい安いのか、楽しみにしています。
FPの家は、「音が響く」という話をよく耳にします。気密が高くて音が外が逃げないために室内に響きやすいのは、FPの家に13年住んでいますから体験上よく知っていますが、私は逆にそのことを楽しんでいます。
ステレオのボリュームを高くして、好きな音楽を聴くんです。音が外に洩れませんから、いくらボリュームを上げてもお隣を気にする必要がありません。そのことだけでも、実に精神的にリラックスできます。音が響きやすいということは、反響がいいということです。まるで大きな音楽ホールで生の演奏を聴いているような感じがして、つい好きなバーボンを飲みすぎてしまうのは玉に傷ですが、リッチな気分がなにより仕事の疲れを癒してくれます。
うるさい音とは、外から聞こえてくる音ではないでしょうか。たとえばお隣のピアノの音は、うっとり聴き入るほど上手いのであれば別ですが、まずたいがいは耳障りなものです。これが、自分の家の中で、娘が弾いてるピアノの音となれば、気になるものではありません。家に入ってしまえば、隣家の物音はもちろん、車の音も、台風のときの風の音さえも聞こえないのですから、外の世界とは隔絶された自分だけの空間、という意識を覚えます。つまり、開放の意識ですね。気にせずにステレオのボリューム高くできることは、「音を気にする」という意識から開放されることです。開放される場所が、本来の「家」なのではないでしょうか。
この家に引越しをしたのは、正月でした。引越しの疲れで、つい床の上に横になったら、そのまま眠ってしまいました。真冬なのに、風邪もひきませんでした。FPの家の性能については、日野建ホームさんからいろいろ説明を聞いてはいましたが、私は床にじかに寝たことで断熱性の良さを"体感"しました。火の気がなくても寒くなかったのですから、ストーブ1台の暖房で充分に家全体が暖まっています。